飄々楽住

都会にはもう二度と戻りたくない、田舎ライフを楽しむ

希望の党と、民進党解党騒動からみる、地方と政党のあり方。選挙の投票の仕方

やっぱり、民進党は地方に全く根ざしていない、国会議員も仕事をしていないということが分かった何か。

本記事のまとめ

  • 政治課題解決するためには組織が必要
  • 国会議員が幹、地方組織を葉とした、マネジメント出来る強い政党組織が必要
  • 勝手に離合集散する国会議員は仕事をしていない
  • 地域や支部をマネジメント出来る候補者か判断して投票しよう

政党ってなんだろう?

政治課題をみつけ、一般化し、国の法として規定する「組織」

政治家は、より良い国を作るために、政治課題を解決する人たちの事です。その政治課題は非常に多岐に渡ります。どこに道路を通すかというレベルから、他国との戦争や安全保障といった事まで裾野は広く、本当に様々な事を解決していかなければなりません。そんな広い政治を、一人の人間が全て担えるわけありません。だからこそ、徒党を組み、分業し、一人ひとりが専門性を持ち、上から下へ、下から上へ、いろいろな事を組織で解決する、それが政党の基本です。どんな国を作るのか、どんな地方にするのか、どんな家庭が幸せなのか、その方針に共鳴し合う人たちが集まり、喧々諤々議論の上、戦略をたて、課題を一般化して、法律や条例を整備していくわけです。個人(一党員)、自治体、都道府県、国、それぞれの粒度で、連携しあう事で相乗効果が生まれ、より良い社会が出来る、それが政党と言うもののはずです。

国会議員が幹、地方組織を葉とした、マネジメント出来る強い政党組織が必要

一般的に、国のレベルになればより一般的な大きな問題を、都道府県は中規模の調整を、自治体はより現場に即した課題解決が求められます。これらはすべて繋がっています。国会議員は県や自治体で何が起きているのか、国レベルでどのような対策が望まれるのか意見集約し、一般化して法律を作っていきます。その為には、確りとした地方組織が必要であり、国会議員もその地方組織と二人三脚で政治を変えていかなければ、下から上へのボトムアップの大事な課題を見失います。故に、国会議員、特に党の地方支部長や会長になるような人物は、この地方の政党組織を機能させる様にマネジメントすることが必須の条件となります。言うなれば、国会議員は幹。どの方向に枝を伸ばすかを決め、地方は枝葉となり、木全体が大きく成長出来るように栄養を送る、それが理想の政党の姿です。

民進党の体たらくの本質

勝手に離合集散する国会議員は仕事をしていない

93年の政界再編といわれてから25年、たけのこの様に政党がにょきにょき生えては、泡のように消えていきました。大阪維新の会(の大阪部分)を除いては、殆どが国会議員による、地方無視の政界再編です。本当に地域に根ざし、理想の政党の姿をしていたら、勝手に離党して、勝手にビジョンをコロコロ変えて、そんなこと出来るはずがないです。でも、国会議員は平気でそれをやってきました。それは、端的に言えば、地域に根ざさず、政党を組織として機能させるマネジメントをしていない事に他なりません。

民進党は仕事をしていない議員の集まり!?

2017年9月、解散総選挙が言われて一週間かそこらで民進党は解党し、小池知事の希望の党に合流するという話が上がっています。でも何故こんなことが起きているのでしょうか。すべて議員がそうだとは言いませんが、多くの議員が口先だけで、本当に活動をしていない、そんな議員の選挙互助会としての党だからではないでしょうか。だからこそ、危機的状況に際して、勝手に国会議員が右往左往し、自党の存在意義が薄れ、次の選挙で勝てないと慣れば、続々と離党者が出て、解党するという事に僅か数日でなびいてしまう。そこに「地方」は置いてきぼり。本当に地方に根ざした政党を仲間と作ってきた人なら、そう簡単に離党や解党なんて言い出せないはずです。本当に残念な政党の末路だなと思う次第です。

地方創生に見る、2017年、総選挙のポイント

政策の良し悪しや、風や空気感は判断基準にならない

よく、政策の一致度合いで決めなさいと言われますが、実際は不可能です。国政で起きている課題を網羅し、様々な著書や意見を調べ上げ、何が正しいのか自分の中で結論を持ち、総合的な判断をするのはとても難しいですし、そんなことが本気で出来ているなら、今直ぐ霞が関の官僚か、政治家のブレーンになるべきです。とはいえ、風や空気感という一時的な勢いであったり、◯◯が嫌いだから、とか短絡的な事で決めるのもオススメしません。辺野古移設反対、消費税は上げないといった勢いで政権交代を実現した民主党政権はその後どうなったでしょうか。数百万円の贅沢やダサいボランティア衣装を叩き、数十億円の費用のかかる再選挙をした都知事選、果たして本当に良かったのでしょうか。

周りの声から、候補者が本当にマネジメント出来ているかを聴いてみよう

だからこそ、身近なところを見てみて下さい。候補者の声だけでなく、県連や支部の人たちや地方議会の人の声を是非聞いてみて下さい。その候補者が本気で地域と繋がりを創り、関係を築き、政治をマネジメント出来ていそうか、それを見極めて見て下さい。候補者の周りの人から、地域にかける熱意、ビジョン、思い、戦略が語られて来たのなら、その候補者は本物です。逆に、地元のことではない、「アベ政治がー」とか「憲法改正がー」とか「リフレ政策がー」とか、そんな事ばかり話しているなら、その人は偽物です。そんな、地方に熱意を伝播出来る人、そんな仲間を作れる人物を、より多く排出することこそ、本当の政界再編であり、政党政治のあるべき姿なのではないでしょうか。永田町中心の政治、東京一極集中の腐った政治にNoを言い、本気で地方創生をするなら、より地元に根ざした組織、地元とつながる国会議員を排出するのが、地方に住む人間の役目ではないでしょうか。

蓮舫民進党代表辞任に見る「ドラゴンボールシンドローム」

本記事のまとめ

蓮舫民進党代表の突然の辞任

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先日まで衆議院への鞍替えを語り、不要と言われた戸籍まで開示して代表で居る前提で動いていた方が突然の辞任。理由の一つに「統率力の無さ」を上げています。邪推ですが、身内優遇の人事や独善的な方針に他派閥ともケンカ別れ、党内で離反者が絶えず、その引責で野田さんが幹事長を辞任するも、党内で彼女を代表として担いでくれる人は居なかった、と思った次第。

蓮舫民進党が犯した3つのミス

個人的な見解では理由は大きく3つあります。

  • (プロモーションのミス)国民の多くに安倍政権批判ばかりで、自分たちの反省が一切無いと思われた
  • (マーケティング戦略のミス)市場調査とポジショニングが出来ておらず、どの層を取りに行くか迷走し、結果最大の票田を小池新党に奪われた
  • (人事のミス)本人も語っている様に、対立派閥を冷遇し、不満の声を拾う事をせず、人事評価軸も作れなかった

どんなに戦術的に優れ、批判・批評が上手くても、戦略面が非常に疎かであり、組織としての仕組みが機能扠せられなければ、結果として沈没してしまう、非常に良い例です。トップに立つものとしては、これらは基本の基なのでしょうから、結果として1年での代表辞任も仕方がないのかと思います。でも、そんな事にもめげず、一つ一つ勉強し、改善し、自身の本懐を遂げるのが真のリーダーなのでしょうが、彼女にはその強さが無かったというのが一番の理由でしょうか。しかし、何故そんな中途半端な覚悟で代表に立ち、首相を目指そうと思ったのでしょうか?

自分なら出来るという幻想

蓮舫代表は「自分は本気で自民党を倒せる」と思っていた節がある

蓮舫さんが代表に立候補した時の言葉からは「自分なら本気で安倍政権を追い込み、政権交代を果たせる」と思っていた節が見えます。厳しく安倍政権を批判し、攻撃すれば国民に理解される、その才能を私はもっている、と言わんばかりでした。自分には出来るんだ、という根拠の無い自信とでも申しましょうか。この事自体は別に悪いことではありません。しかし、自民党批判は岡田元代表含め、多くの人が行っていた。何故蓮舫さんがやればうまくいくのか、その差は何か、明確だったのでしょうか。

ダメなのはダメなりの理由があり、それを変えるのは想像を絶する

さらに、もともと支持率が地に落ちていた民進党を再建するのですから、山ほど「ダメな何か」が党内に転がっていたことでしょう。その解決は並大抵のことでは出来ないでしょう。後述しますが、蓮舫代表は就任当初、「私はよく物が見えていて、間違いを正すことが出来る」と思っていた驕りのような物も見えかくれしました。しかし、ダメなものはダメになる理由があり、その本質を徹底的に見極める知力や統率力が無ければ、ダメなものはダメなまま放置されます。ダメな状態で、本質でない指摘や指示をすれば、余計ダメな物が増え、周りを振り回し、混乱させていきます。そんな状態で、どんなに華麗な国会論戦をしたところで、国民どころか党員すら付いてこないでしょう。蓮舫代表がその辺りの所に気がついた時には既に時既に遅し、みたいな状況だったのかな、とも思ったりもします。

ドラゴンボールシンドロームとは

多くの人は悟空になれない

話は変わって、ドラゴンボールという説明不要の国民的漫画があります。主人公悟空は連戦連勝、正義は必ず勝ものであり、自分の強さを信じ、修行を極め、最終的に宇宙最強の武闘家になっていきます。本当に憧れます。自分もかくありたいし、修行の末に最強の地域起こし人材になってやる、そう思う次第です。

しかし、この悟空、地球人ではなく、サイヤ人という戦闘民族の宇宙人です。一般の地球人とは明らかに異質であり、強いのは修行の成果もあるものの、他人には無い素質があるからに過ぎません。そんな身もふたもないやん、と思うかもしれませんが、世の中そんなものです。多くの人はサイヤ人ではなく、地球人だったりします。どんなに修行しても純粋な強さは地球人最強のクリリンにしかなれない場合が殆どです。実際、漫画の様な最強主人公になれる人なんて、本当に世界の中でも一握りの存在です。

リーダーは悟空の様に強く無くてはならないし、私なら出来るという錯覚

過去の蓮舫さんは、自殺された松岡元農相の事務所経費問題や事業仕分けを始め、批判するということに長けて居ました。良く言えば、物事の不備をそれだけ見抜ける力が有るわけです。そういう人からみたら、世の中ダメなことだらけでしょう。そこに気がついている私がやればもっとうまくいく、そう言う風に見えるでしょう。そして、出来ないことを責め、その責任を問わせ、国民世論に知らしめる。そうやって彼女は名を挙げてきました。しかし、そうやって相手を攻めるとなると自分にも帰ってきます。自分は一切瑕疵の無い、それこそ悟空の様な最強人間でなくてはなりません。

しかし、実際のところ、そんな完璧なリーダーなんて滅多に存在しません。スネに傷の一つもあれば、失敗だって何度もするでしょう。しかし、蓮舫さんは過去の自分の発言に捕らわれてしまった。リーダーたるもの失敗はあってはならない、自分はドラゴンボールの悟空のように強くてはならない、全知全能に政治の全ての事象に間違いなく対処出来ると自己暗示をかけている様にも思えました。

そして、実際、そう世の中上手くいかず、失敗し、自分が悟空で無かったことを悟り、また、周りからはヤムチャ以下と評価され、行き詰まりポッキリ折れてしまった様に見えます。私はその、自分なら出来ると思い込む一方で、自身の負けを認められない事をドラゴンボールシンドロームと呼んでいます。

ドラゴンボールシンドロームはエリートな人程陥りがち

エリートと言えばベジータ様。ベジータ様の口癖は「俺は戦闘民族サイヤ人の王子」です。つまり、自分は特別強く、他のやつに負けるはずがないという驕りだったりします。実際、子供の頃から勉強やスポーツが出来、良い成績を残し、失敗をしてこなかった人ほど陥りやすい罠です。なんでも上手にこなしてきた過去から、自分なら出来るという根拠のない自信がある一方で、失敗を許容出来ない。故に、他人の失敗に厳しかったり、自分の失敗に対する耐久性が低かったりします。蓮舫さんも多分に漏れず、そう言う部分が見て取れました。

地域起こしもドラゴンボールシンドロームとの戦い

この20年での地方の衰退を見るに、多くの人が「何でこんなことになっているのだ」「何でもっと上手く出来ないんだ」と思う事でしょう。こんなに酷い状況なんだから、自分でも悟空みたいに地域の課題の一つくらい解決して、何か作れるはずだ、と。しかし、実際にその課題に取り組んでみると、予想以上に根が深く、地方が衰退してしまっているのには衰退するなりの理由が見えてきます。そして、当初思っていた「こうやれば絶対にうまくいく」は幻想であったり、「こうすればうまくいく」と分かっていても実際は動けなったり、いろいろな事に悩まされます。当初あった、自分なら出来るという謎な自信は大きく揺らいでいきます。それにも負けてドラゴンボールシンドロームに陥らないような強さが必要です。その為には、自分や地域の目的と目標を定め、多くの失敗の中から、小さな成功を1つづつ積み重ね、本当に実現したい物を達成していく、実行力が必要です。

かくいう私も、地元に戻ってきた時は「自分なら絶対にもっとうまく出来る」という驕りのような気持ちがあったように思えます。しかし、現実は全く違い、自分の無力さを痛感する日々です。しかし、それを乗り越えて、本当に実現したい目的や目標を見出し、クリリンだろうがヤムチャだろうが、成功するまでやり抜き、一人でも多くの仲間をふやしていくことこそ、地域起こしと思って精進する日々です。

私や貴方のその豊かな発想で、地域起こしが大失敗する理由 part.2

本記事のまとめ

  • 地域起こしには「何をやるか」ではなく、「何処を目指すか」=目的・目標が大事
  • 目的・目標について考え抜いていくと、「戦略」が形成される
  • 戦略が間違った実行は最悪の結果がまっている
  • 地域起こしを一緒にやってくれる人たちと「大事な事に集中」する事が大事

前記事のまとめ:地域起こしには「何をやるか」ではなく、「何処を目指すか」=目的・目標が大事

michihito-t.hatenablog.com

前回のpart.1にて、地域起こしは「何をやるか」だけだと、大失敗するという話をしました。やることが先行すると、何の為にやるのか、やってどうなっていくのかを周りの人が理解せず、地域をもっと良くしたいという善意が空回りし、上手く物事が運ばず結局は失敗してしまうというのが前回の話です。特に地域起こし、地域の人の力や、補助金といった個人の資本より大きな何かを得てやろうとすることなら、尚更「あれやろう」「これやろう」だけだと、地域から浮いてしまったり、巻き込んだ人を不幸にしてしまいます。

だからこそ、大事なのは「何処を目指すか」、目的と目標を立て、それを地域に共有していく事です。目的と目標を明確にすることで、必然と地域の人が考えて、動いていってくれるようになります。今回は、この目的と目標を「考え抜いていく」ということについてが本題になります。

目的・目標について考え抜いていくと、「戦略」が形成される

何故いきなり戦略という戦争用語が出てきたのかというと、物事を計画して目的・目標を達成するためには大事な単語な為です。もともとは戦争用語ですが、経済を戦争に例え構造的に見る際に使われています。「戦略的に物事をすすめる」など日常でも使う人も多いのではないでしょうか。この「戦略」という言葉を深掘りしてみます。

戦略って何?

簡単に言うと、戦略は目的・目標を効果的に達成するための大方針を指します。もう少し突っ込んで話すと、何が大事が見極め、適切に人、物、金などの資源を配分する方針です。

正しい戦略を立てるためには、目的・目標をどうやったら達成するのかを、今の自分の状況(どんな資源が活用出来るか)や、置かれた環境(どんなライバルが居るか、どんなお客が何を求めているか)を見極め、何にしたら最も効果的かとことん考え抜くことが重要です。孫子の兵法で言うところの「敵を知り己を知れば百戦危うからず」の指す所で、多くの人の力や補助金と言う大きなお金を使うハイリスク・ハイリターンの戦いを、負けないように優位に進める為の物です。

戦略と戦術の違いは?

似たような言葉に、「戦術」があります。戦術は具体的な実行手段、運用方法を指します。上述の「あれやろう」「これやろう」が将に戦術にあたります。一般的に、戦略が上位概念とされ、戦術は戦略に付随するものとされます。戦略が方針で、戦術が手段と言えば分かりやすいでしょうか。

この記事をご覧になられている貴方は、ちゃんとこの違いが答えられましたか?とある企業の新卒のマーケティング研修を担当させてもらった際、半数が正確に答えられませんでした。意識しないと、曖昧なまま覚えてしまいやすい言葉だったりします。

戦略と戦術の例

すこし分かりづらいので、非常にざっくりとした例をあげます。「観光で地域起こしを行い、地域の経済を潤す」が目的だとします。目標まで話をするとややこしいので、目的のみで話をします。状況を整理した結果、夜の消費が非常に少ないことから「1億円と地域の総力を使って、夜に地元の特産のお酒を飲んで貰える環境を調える」を戦略としました。そこで、「立派な村営のキャバレーを立てる」という戦術をとった。という様な具合です。

戦略が間違った実行は最悪の結果がまっている

多くの人が間違う戦略と戦術の関係

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上記の本に書かれていた問題を出題します。
「以下の4つをマシな順番に並び替えよ」

  • A.戦略が良くて、戦術も良い
  • B.戦略が良くて、戦術はダメ
  • C.戦略がダメで、戦術は良い
  • D.戦略がダメで、戦術もダメ

多くの人が「A→B→C→D」、もしくは「A→C→B→D」と答え、最後がDの「両方ダメ」と答える人が殆だそうです。実は、この正解は

  1. A.戦略が良くて、戦術も良い
  2. B.戦略が良くて、戦術はダメ
  3. D.戦略がダメで、戦術もダメ
  4. C.戦略がダメで、戦術は良い

とのこと。戦略がダメで戦術が良いのが最悪なのです。この話、前回の記事「目的・目標が無いと地域起こしは大失敗する」という話にも通じています。目的・目標が曖昧、言い方を変えれば、どうやったら目的・目標が効果的に達成しうるかを考えた先の方針=戦略がデタラメなまま、「あれやろう」「これをやろう」だけが先行すると、多くの人が巻き添えを食らったり、税金が無駄になり負債になります。

戦略がダメで、戦術が良い最悪のパターンの例

上記の「村営キャバレー」の例にしてみましょう。

  • 目的:「観光で地域起こしを行い、地域の経済を潤す」
  • 戦略:「1億円と地域の総力を使って、夜に地元の特産のお酒を飲んで貰える環境を調える」
  • 戦術:「立派なキャバレーを作る」

この村が、飲んだ後に歩いて行ける距離で泊まれるホテル・旅館が無く、交通の便も悪い地域だとすると、当然ですが同時にホテル・旅館や公共交通の誘致も必要になります。更に、もともと夜に観光客が少ない地域ならば、新たに人に来てもらう様にプロモーションも必要になります。この様に「夜に観光客の消費を喚起し、地域の経済を潤す」為には、お酒の環境整備以外にも、宿泊の環境整備や、情報発信等、様々なことが必要になります。その状況で、「お酒の環境整備」に資源の集中投下が戦略として決定され、「立派な村営キャバレーを作る」事が戦術が決定されたらどうでしょう?貴方がどんなに頑張り、これが銀座にあったら間違いなく人気店のお店が出来たとしても、この環境下では間違いなく1億円は無駄になりますし、運営費がかさみ赤字も発生します。貴方が頑張れば頑張る程、惨めな結果が待っています。

さて、一方で、「観光で地域起こしを行い、地域の経済を潤す」が目的として、戦術としては愚策の「1億円を貯金」した場合どうでしょう?観光振興という目的は達成されないものの、1億円は手元に残ります。絶対に無理筋な村営キャバレーを作るより、余程マシな結果だと思いませんか?

まとめ:地域起こしを一緒にやってくれる人たちと「大事な事に集中」する事が大事

戦略無く、あれこれ手を出すと、何一つ上手くいかない

地域起こしは、他人を巻き込むことが大事です。とは言っても、地域の人ほぼ全てが「自分の生業」を持っており、その余力を借りることになります。そんな人達に「戦略的に地域を考え抜け!俺はその方針に従って実行をする!」と言っても、自分の生業が優先ですので、基本的に戦略は整備されません。。また、役場の地域起こし担当や、地域起こし公社やNPOの専従職員も、新たなプロジェクトに関われるのは精々数名が限度で、一緒に環境要因を調べ、考え抜き、正しい戦略を創り上げるには心もとないのが現実です。また、都会と違って、優秀な人材をお金で引っ張ってくる事もままなりません。それが地域起こしの現実なのです。この様に資源が限られる中で、目的・目標を煮詰めて戦略を明確にすることをせず、アイデアだけに頼ってあれこれ周りを巻き込んだらどうなるでしょう?「宿泊の誘致もやる」「プロモーションもやる」「環境整備もやる」「商品づくりもやる」とあれにもこれにも手を出したらどうなるでしょう?間違いなく、どれも中途半端に終わる事でしょうし、多くの資源が無駄になり、負債を抱え、手伝ってもらった人から「何やってるの」と言われ、信用を失うことでしょう。

目的・目標の達成に大事な事だけに集中し、それ以外を「やらない」と言い切る勇気

よく、経営に大事な事は「やらないことを決める事」と言われます。これは、ただ、「あれは辞めよう」「これを辞めよう」という話ではありません。目的・目標を達成する為に立てた戦略に資源を集中する為に、今行っている戦略にそぐわない仕事を削る事を意味します。とは言っても、地域起こしは(特に地域起こし協力隊は)いろいろな利害関係者がいろいろなことを言ってきます。首長や議会から「このプロジェクトをやってくれ」と言われたり、役場の「これ戦略的に無理があるよね」というプロジェクトにアサインされたり、地域の有力者が「あれやろう」と誘ってきたり、住民参加のワークショップで「これをやろう」といろいろな提案がなされたりします。そういう戦略に沿わない物を「やらない」と言い切る勇気が必要です。本当に大事な事に集中出来るようにコーディネートするのが、地域起こしをする上でとても大事になります。

地域には実行は出来る人は多いが、戦略を考える人が少ない

とは言え、地域は都会と違い、個人事業主が多いです。いろいろな人がいろいろな熱意を持ち、様々な意見、主義主張が複雑に入り組んでいます。そういう中で、目的・目標を明確にして戦略を立て、地域を一丸にする事は本当に難しい仕事ですし、それが出来ていないからこそ、衰退している地域が多いのです。狭義の意味の地域起こし、「地域をプロデュースして、地域全体が活性化し、儲かり、経済が循環する」を目指す人は、「あれやろう」「これやろう」という戦術ではなく、「何処を目指すか」=目的・目標を明確にし、それをとことん煮詰めて戦略を立て、それを地域で共有していく事を確りやっていくことをオススメします。戦略が明確なら、失敗も少なくなり、撤退の基準も明確になり、大損害を被る前に軌道修正が出来る様になります。そういうスキルを身に着けて行くことこそ、地域に本当に必要な人材になる為の準備ではないでしょうか。私も、それが出来ずとても苦労している日々を送って苦闘する日々です。

私や貴方のその豊かな発想で、地域起こしが大失敗する理由 part.1

本記事のまとめ

  • 地域起こしに皆一生懸命なのに、地域がどんどんグダグダになっていくことがある
  • 地域起こしとは、「地域が一丸となって何かに取り組む事」
  • 人を巻き込み、地域が一丸になるためには、目的、目標が必要
  • 目的と目標が曖昧な、「あれやろう」「これやろう」が地域を起こしを大失敗へ誘う
  • 地域起こしでまず大事なのは「何処を目指すのか」である

地域起こし協力隊を目指す人にも、是非読んでもらいたい、私なりの教訓だったりします。

地域起こしに皆一生懸命なのに、地域がどんどんグダグダになっていく事がある

竹下内閣時代の「ふるさと創生一億円事業」の教訓

昨今、「地方創生」ブームが来ています。日本の地方には良いものが溢れ、それは世界に通用する資源が原石のまま置かれている、活用して儲けるんだ!、そんな声が日本各地から聞こえています。しかし、実は、今から約30年前、平成になったばかりの頃にも地方創生がブームになっていた事があります。竹下内閣時代の「ふるさと創生一億円事業」というものがありました。地方の自治体に1億円を配り、自由に使って地域起こしをせよというものでした。紐が着いていない自由な予算で、ものすごく使い勝手がよく、それぞれの地域が頭を捻らせて、地域起こしにお金を使いました。ですが、何の為に使うかよく分からない巨大電光掲示板、村営キャバレー等、その多くは「無駄」認定され、むしろ負債になったり、大きく資産価値を減らした事例も多い補助金でした。

善意が損害を与えているワケは?

さて、この無駄が多かったとされる「ふるさと創生一億円事業」、当時の担当者たちも、決して「無駄遣いしてやろう」という悪意で使ったわけではないでしょう。村営キャバレーだって、「夜にお酒の飲める場所があれば、きっと観光客の満足度も上がり、地域は大きく活性化する!」と思って作った事でしょう。当時の担当者は本気の善意だったと思います。しかし、この善意が1億円を無駄にした挙句、運営の赤字まで出し、地域に損害を与えるという荒業を成し遂げたりしました。

地域起こしに皆一生懸命なのに、地域がどんどんグダグダになってしまうのは何故か、本記事はその考察です。

地域起こしの定義:「地域が一丸となって何かに取り組む事」

地域起こしといってもいろいろあるので、定義を絞る

ひとえに地域起こしと言ってもいろいろな事があります。貴方が地域でITの会社を企業して、何人か職員を雇うまでに成長できれば、それも一つの地域起こしです。他にも、空き家を活用して人気のカフェを作り地域の憩いの場を作れれば、それも一つの地域起こしでしょう。移住支援をして、一人でも二人でも移住者を増やす、これも地域起こしです。

ただ、今回は「地域をプロデュースして、地域全体が活性化し、儲かり、経済が循環する」という狭義の意味での地域起こしと捉えたいと思います。

地域をプロデュースすることは、ハイリスク・ハイリターン

では、地域をプロデュースするとは何でしょうか。
端的にいうと、「地域が一丸となって何かに取り組む事」ではないでしょうか。自分一人の力では大した事は出来ませんが、人やお金等、多くの資源でもって取り組むことで、地域は大きく変わっていきます。ただ、当然ですが、この「地域が一丸となって何かに取り組む」事は多くの資源を投下する=ハイリスクを意味します。ですが、当然、一人では出来ない事を実現するのだから、ハイリターンでもあります。だからこそ、プロデュース力、地域起こしのプロデューサーの手腕によって、補助金や多くの人の力を借りて地域に大金を産む事もありますし、1億円とその事業に携わった多くの人の時間と労力を赤字に変える事もあるのです。

人を巻き込み、地域が一丸になるためには、目的、目標が必要

次に、地域をプロデュースを行う上で、大切な事、目的と目標について考察していきます。

目的が無い指示・命令・労働は苦痛である

まず、大前提として、人を巻き込む事は、誰かに何かをお願いして、動いてもらう事です。その時に大事なことが「目的を伝える」ことが上げられます。目的が無いことでの極端な例を一つ紹介します。

ドストエフスキーが「地下室の手記」で示唆した懲罰の方法

  1. 穴を掘る
  2. 出てきた土で隣にある穴を埋める
  3. また穴を掘る
  4. 最初に掘った穴を埋める
  5. これを繰り返す

と言う物があります。どうですか?やっている自分を想像すると鬱になってきませんか?「何のためにこれをやっているの?」と悶々とすることでしょう。似たような話に、賽の河原、石を積んでいくと鬼が壊していくという、地獄の懲罰もあったりします。要するに、「何故この仕事をするのか」という目的が無い労働は、本当に辛く、巻き込まれる事すら嫌になります。だからこそ、地域起こし問わず、人を巻き込んで動いて貰うためには、「目的」を伝えることが大事とされます。

目標が無いと、分からなくなる

さて、次に目的をもって何かをしてもらう時に、目標があると、より明確に人にお願いをすることができます。
私も目標が原因でよく夫婦ケンカする事があります。例えば、「ごみを捨てておいて」と言われた時に、妻は「直ぐに捨てて欲しい」という目標があるのに対して、私は勝手に「今日中にやる」と勝手に目標を立ててしまいます。その違いで妻に「何で言ったのにやってくれていないの?」と言われ、「やらないなんて言ってないし、ちゃんとやるよ」と喧嘩になります。

目標が無いと、何処まで行けば良いのか、何時までにやれば良いのか、どれだけやれば良いのか、全く分からず、品質が担保されません。だからこそ、目標を伝える事も大事とされます。

目的・目標が明確になると、勝手に人が動き出す

この2つを明確にするメリットは、何と言っても、人が自発的に動いてくれる事にあります。何が目的に資するだろうか、どうやったら目標を達成できるのか、一人ひとりが考え、それぞれが自分の責任の範囲で行動してくれるようになります。地域という有象無象の集団が勝手に一丸になっていくための、目的と目標が必要なのです。

そして、逆も然りで、目的や目標が不明確だと、人は動きません。何を基準に考えて良いのか分からず、指示があるまで何もしなかったり、何処までしてよいのか分からず無価値な仕事を延々としたりします。そんな状態で出てきた成果物はだいたいろくな物ではありません。

目的と目標が曖昧な、「あれやろう」「これやろう」が地域を起こしを大失敗へ誘う

前述の通り目的や目標が不明確であれば、何であれだいたいは失敗します。地域起こしでは、その大失敗を引き起こすのが、将に発想豊かな人や、昨今流行りの住民参加型の町づくりワークショップだったりします。

危険な地域起こし人材「あれやりませんか?」

toyokeizai.net

上記の記事にもあるように、三流の地方創生コンサルを名乗る人は、成功事例の劣化コピーを押し付けてきます。地域起こしの目的・目標、地域がどうあるべきかという本質的な議論を非常に曖昧にしたまま、「あれをやりませんか?」というやることの提案が非常に多いです。この三流コンサルの人も、「この成功事例をもってきたら良くなるはず」と善意で行っている事も多いです。しかし、地域の人は目的が分からず、「これ何でうちの地域でやるの?」、「何がしたいの?」、「やって何の意味があるの?」とどんどん白けて行き、目標が無い企画は「とりあえずやりました」という何かが出来上がります。それは負債となって、地域に残って行きます。

滅ぼすのはコンサルだけではなく、地域の成功者にもいる

実は、地域住民の側にも壊す存在は居ます。そういう人は、実は個人では成功しているパターンが多いです。個人では、リスクが少ないため、とにかく「あれこれやって一つでも当たれば御の字」という手法が通用します。そのパターンで成功した人は、非常に発想豊かで、「あれやろう」「これやろう」といろいろな発想が次々に出てきます。しかし、ローリスク・ローリターンの個人ではなく、地域起こしはハイリスク・ハイリターン。こういう人の声はだいたいリスクにしかなりません。「あれやろう」、「これやろう」の多くが、目的や目標が曖昧であり、地域住民を振り回してしまいます。個人で成功しているので、地位が高かったり、人格的に優れている事も多く、その人の善意からの発言だけに、無碍には出来ません。だからこそ、その人が「観光客が夜にお酒が飲んで盛り上がれる場所があったら盛り上がる!」と言えば、周りが「観光客がそんなに歩いていないこの地域で酒場をやることに意味あるの?」という疑問を殺し、貴方も「何とか意味のある物に出来ないか」と努力を重ね頑張って「なんとか形にしました」と言うものを作り上げます。ですが、所詮目的が不明瞭な物は、往々にして機能せず、それが「村営キャバレー」という負債となって、地域に残っていきます。

本当は怖い住民参加型の町づくりワークショップ

この目的や目標が無い「あれやろう」「これやろう」が出来上がる場になりやすいのが、住民参加型の町づくりワークショップではないでしょうか。地域づくりに関して、住民がアイデアを出し合う場です。こういう場は、コーディネーターが余程しっかりした人でない限り、地域づくりの目的や目標、どうあるべきかという本質的な議論より先に、「あれがほしい」「これがほしい」というアイデアを募るケースが多いです。例えば、「観光客が夜お酒を飲んで盛り上がれる場所が欲しい」など。言った本人は、心の底から「あったら良いな」と善意で発言します。しかし、夜に観光客が酒を飲めることは地域づくりの目的に即しているのか、そもそもどんな地域を目指すのか、その目標はどこか、そういうことは議論されないケースが多いです。しかし、「観光客が夜お酒を飲んで盛り上がれる場所」を置く事がワークショップで一度決まってしまうと「酒場」だけが先行し、補助金で導入することは進んで行ってしまいます。その結果、「村営キャバレー」が出来上がって行ってしまうのではないでしょうか。

まとめ: 地域起こしでまず大事なのは「何処を目指すのか」

もし、貴方が本気で地域起こしをしたい、地域のプロデューサーになりたいと思うのなら、絶対にやってはいけないことが、目的や目標が中途半端な「あれやろう」や「これやろう」を乱発することです。その結果、無駄な物が山ほど出来上がり、それに巻き込んだ人を不幸にしてしまいます。かくいう私も、そんな失敗をして、多くの人に迷惑をかけてしまった苦い経験があります。携わって頂いた皆様、本当に申し訳ありません。だからこそ、まず第一に地域起こし人材がやらなくてはならない事は、「この地域は何処を目指すのか」、地域起こしの目的と目標をしっかり地域と共有していくことではないでしょうか。仮に何かアクションを起こし失敗をしても、いち早く失敗に気づけるでしょうし、何故失敗したかも冷静に見る良い指標になると思います。そして、その反省を共有して行くことで、地域は強くなっていくのではないでしょうか。

私の愛したApple Computerは死んだ!何故だッ!?

本記事のまとめ

  • 僕はAppleが好きだった
  • 最近のApple製品は、全くシンプルでなく、Coolでなく、革新的でない
  • 何故こうなってしまったかというと、「ジョブズが死んでしまったから」
  • 企業哲学を明確にし、社員一人ひとりが革新的になれる職場を作ることこそ、企業トップの仕事

僕はAppleが好きだった

20年来、生粋のAppleユーザー

かれこれ20年以上前、父親のお古のPerfoma(通称食パン)を貰って以降、Appleのマシンをメインに使ってきた身です。高校時代にはiMac DV(G3)、大学時代はPowerMacG5+Studio Display、それにiBook。大学院時代はMacbook Proを数台引き継ぎ、社会人なってからはMacBook Air(現行)を愛機として活用してきた。iPodiPhoneも割りと出て直ぐに買うくらいのAppleへの愛があった。因みに私がMacを使いだしたのは、丁度ジョブズAppleに復帰した頃であった。

高校時代に生ジョブズを見に行った位、Appleの基調講演にワクワクしたあの頃

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高校時代の2002年、最後のMac World Expo Tokyoにスティーブ・ジョブズの基調講演を聞きに、学校をサボって、鳥取のど田舎から東京まで行く程度にはAppleを愛していた。あの頃はジョブズの基調講演で発表される製品群にいつも心を踊らせ、粗い解像度のストリーミングを徹夜で見たりもした。当時ベージュ色でダサく、かっこ悪かったPCを格好良くしたり、OSの見た目を美しく変えたり、音楽を大量に持ち運ぶと言う文化を作ったり、iPhoneが発表されて、企業価値が一気に上がるずっと前から、ジョブズは僕の憧れ、ヒーローだった。

最近のApple製品は、全くシンプルでなく、Coolでなく、革新的でない

ジョブズが死んでから進化がなくなってしまった

さて、現行のMacの製品ラインナップ、iMac、MacPro、MacBook ProMacBook(Air)ですが、実はこれら、2008年、約10年前からほぼ進化していない。iMacに至っては、ディスプレイが大きくなった位で、見た目も全く変わっていない。その間、Microsoft/PC陣営は、Surfaceを筆頭にいわゆる2 in 1と言われるノートPCが出てきたり、Mac Book Airよりもっとコンパクトで質感の高いPCが出てきたり、気がつくとAppleは置いてきぼりを食らっている。

WWDC'17 20年目にしてiMacは死んだ

さて、WWDC’17で発表されたiMac Proという製品。
www.apple.com
コレでもかというばかりに、基本スペックが如何に優れているかが書き並べられている。あれ?iMacってそんな製品だっけ?「スペック最強」なんてDellのPCが言ってた事ではないか?そもそもProって…iMacって、全てをシンプルに一つに纏めて、誰でも分かりやすく気軽に使え、仕事からプライベートまで、コレ一つで出来る、消費者モデルじゃないの?そういう哲学の元に産まれた製品ではなかったのか?それがProって…。そして、何よりも、10年前から全く変わっていない基本デザインを黒くしてって…、ジョブズが「糞」呼ばわりした後期のPerformaシリーズの再来かッ!!!!

PerformaジョブズAppleから離れている間に出来た、廉価版、消費者モデルのMac。にも関わらず、シリーズ後期にはスペックに拘ったり、高価なTVチューナーをつけたり、拡張用のコネクタ満載にした結果、価格がどえらい事になってしまい、全く売れなかった残念な製品。何よりも、Performaのハイエンドモデルも、色を黒くしたものであった。

事ココに、iMacは死んでしまったと心のそこから痛感した。

Microsoftが出すSurface Studioの方が何倍もCool

10年間iMacが停滞している間に、Microsoftは色々叩かれながらも着実に進化した。その進化の極みが、Surface Studioではないだろうか。15年前に出たiMac G4を彷彿させるディスプレイを自由に動かせるヒンジをつけ、デスクトップPCにタッチパネルを付けると腕が疲れてしまうという抜本的な問題を解決。手やペンやダイヤルで物を動かしたり、より直感的に、よりプロユースを想定したユーザーインターフェースが見て取れる。

www.microsoft.com

ジョブズが居る時代、でかくてダサくてスペックだけを謳うMicrosoftwindowsマシンをAppleはあざ笑っていた。シンプルに、直感的に使え、ユーザーインターフェースが革新的なのがMacであった。それが今はどうだろう。革新の象徴のiMacがスペックだけを謳い、ダサい象徴であったMicrosoftユーザーインターフェースの革新性を売りにしている。

Touch barやApple Watchという「うーん、要らねえ」という何か

iMac Pro以外にも私がAppleを見限った物がいくつかある。その一つが「Toch bar」。最新のMacBook Proの一部高級モデルにつく、ファンクションキーの代わりになる細長いタッチパネルである。
support.apple.com

しかし、コレ、一体何のためにあるのか?ただでさえ少ないMacユーザーの特定の機種だけにしか対応していない物に、一体誰が、どんなアプリを開発するというのだ。私が開発者なら、touch barの利活用を考え、開発する時間があるなら、windows版も含めた全てのアプリが使いやすくなる機能開発を優先するだろう。そもそも、touch barは「簡易ランチャー」程度しか利用イメージが無い。

そして、もう一つの愚の骨頂がApple Watch。先行していたAndroid Gear系がコケにコケた状態で、後追い参戦も何も革新的な物は無かった。スマートウォッチで何かするなら、ポケットからスマホを取り出した方が余程使い勝手が良く、「一体何に使うのか」という代物であった。2日充電しないとバッテリーが切れる為、時計としても「使えない」代物である。案の定、売上は、絶望的な様だ。

何故こんな商品をAppleは連発しているのだろうか…

Appleがこんなにダメになってしまったのは「ジョブズが死んでしまったから」

こんなにAppleがダメな会社になってしまったのは、ジョブズという哲学が消えてしまったからに思える。Appleの基本的な哲学は、スティーブ・ジョブズそのものであったと言われる。製品の最終的な判断はジョブズが行い、何か開発するかには目を光らせ、事細かなことにまでも口を出す一方、何故この製品を作るのか、この製品を作ることで世の中はどう変わるのか、この仕事を達成することが如何に素晴らしいかを強く、熱く語る人物だったそうだ。色々人格に問題があったり、癖の強い人だったそうだが、トップとして「強烈なビジョン」、「熱い思い」を持っており、それを明確に分かりやすく人に伝えられる経営者であった。その人が居なくなった結果、今のアップルは「何が素晴らしいか」分からず、「誰が素晴らしいと判断してくれるのか」も分からず、ひたすら迷走しているように思える。

企業哲学を明確にし、社員一人ひとりが革新的になれる職場を作ることこそ、企業トップの仕事

そんなAppleを見ていて思うことは、やはり企業のトップというのは非常に大事だということだ。幾ら社員が頑張り、社員個人がビジョンを語っった所で、会社の文化は作れない、哲学は周りに伝播しないし、どこからともなく出てきた仕事に流されてしまう。未来のあるべき姿をとことん考え抜き、人にその強い情熱を伝え、共感出来る人を雇い、ビジョンを実現するための仕事に経営資源を集中させる、その権限を有している人物が将に企業のトップなのである。

どんなに良い会社でも、トップにビジョンが無ければ製品は途端に魅力を無くしてしまう。優秀なエンジニア、優秀なマーケッター、優秀なディレクター等などが揃っていたとしても、哲学やビジョンが曖昧な会社は未来を作れない。それが、私の愛したApple Computerで現実に起きたのだな、そう痛感する今日このごろ。

田舎の地方議会の恐怖

本記事のまとめ

  • 大山町の地方議会の最低当選は約350票
  • 隣の伯耆町では無投票で議員が決定
  • 良い点もあるが弊害の方が大きい
  • 意思決定の原理原則から外れて、村社会の力学が支配してしまう
  • 地方創生には村社会の力学からの脱却は急務

移住して初めての選挙

大山町に引っ越して初めての選挙。これまで米子→豊中→茨木→明石→横浜とわりと都市部の選挙を経験して来た身からすると、田舎の選挙って新鮮で、とても不思議で、怖いなーと思いました。その背景を纏めます。

約300人で決まる世界

この数字は、首長ではなく議会選挙の話。大山町で予想される有効投票数は約1.1万。うち19人が立候補、単純に割ると一人あたり550票。傾斜が存在するので、実際の最下位の大杖議員の347票、次点が圓岡元議員の334票でした。

無投票のケースも

隣の伯耆町ですが、ここは町議会は無投票だったそうです。つまり、手を上げたら誰でも議会に立ててしまうという状態です。なんだかんだで大山町や伯耆町は約100億円の予算があります。その会社の取締役会や株主総会の議決権を「俺やります」と言ったら持ててしまう、そんな状況です。

良い点:非常に政治が近い

議会と住民の距離が近く、自分や周りの人の一票が大きく左右する選挙であることがいえます。地方自治の観点では、

  • 自分たちの代表を選ぶという感覚が非常に強い=代議制民主主義が身近
  • 身近な人が立候補する為、自分の声を町政に届けやすい

というメリットは間違いなく存在します。

悪い点:政治家としての本質ではなく「身近な知り合いである」事が重要

身近過ぎる、僅かな票数で決まってしまうが故の問題点も実は非常に多いと思われます。

  • 代議士を選ぶ視点が「知り合い」である点が強くなりすぎる
  • 代議士本人の資質、ビジョン・哲学、政策が争点にほぼならない
  • 代議士の一番の仕事が「顔を売る事」や「仲間と波風を立てないこと」が至上命題になる

個人的な意見:地方議会の弊害の闇は深い

どちらかというと、悪い部分の方が大きく地方の足を引っ張っている様に思えます。何故かと言うと、
【意思決定の原理原則】

  • 客観的な事実に基づく
  • 教科書等で体系化された知識に基づく
  • ビジョン・哲学に基づく

を越えて「村社会的な力学」による意思決定がされやすい事を意味するからです。つまり、
【村社会の力学】

  • 誰かと仲が良い
  • 顔の効く有力者が黒を白と言った
  • 義理人情

等で、政治という公共性のあるものが左右されてしまいやすい構造が存在してしまっているのです。

地方創生には村社会の力学からの脱却は急務

地方がデタラメな事がまかり通る事の本質は、意思決定の原理原則に則っていない事が多く、別の力学で出世や社会的地位に就けてしまっている事に起因することが多い様に感じています。一方比較して、都会の民間企業では、経営者の一挙手一投足に何故を5回繰り返したら、必ず帰ってきますし、きっと根底にあるビジョンや哲学にたどり着くでしょう。

皆さんの地域は議員をはじめ有力者の方は、これが出来ていますか?もし出来ていないのなら、その地域は必ず、デタラメな意思決定や戦略の欠如が発生します。目的がわからないのに予算や仕事はある、そんな状況は発生していませんか?そんな現場に若者や行政職員に押し付けていませんか?現場から「コレ何の為にやるんですか?」という声があれば、きっと村社会の弊害が起きているのではないでしょうか。

しかし、残念ながら、地方議会に関しては仕組み上、この弊害は起きるべくして起きる構造的な問題が存在します。故に、例えば一人複数票OKにする等、法改正のレベルの変化が必要に感じた次第でした。

俺が予算を使えば、無駄なく地方創生出来るという奢り

地方創生には無駄だらけと良く言われます。多分に漏れず、私の地域でも「コレ意味あるの?」とか「なんでこんなことやっているの?」と言うものは存在します。むしろ、そんなものがない地域の方が少ないと思っています。

何故無駄が生まれてしまうのか、その背景を簡単に纏めます。

本記事のまとめ

  • 事業のほぼ全ては誰も無駄と思って企画し、予算をとり、実施していない
  • 無駄の本質は「失敗を失敗として認識出来ないこと」
  • 無駄を指摘しても、新たな無駄が生まれる
  • 俺が予算を使えば、無駄なく地方創生出来るという奢りは消えない限り、無駄は消えない

誰も無駄なんてしたくない

無駄遣いすることを目的に企画をする人などこの世にいるでしょうか?絶対に居ませんよね。
そうなんです、地方創生ネタの殆どが善意であり、無邪気の産物です。
これらは、良くしたいという想いが空回りしたり、やり方が悪く結果として「無駄」になっただけで、そこに悪意があるケースは相当レアです。

無駄の本質は「失敗」と認められない事

失敗をした時に、素直に「失敗しました」と言えますか?

コレが実はとても難しいことです。人間です、失敗は本当に認めたくないです。地方創生の無駄も実は、この認められない事や、折角やったのに勿体無いと思う事が本質です。

物が捨てられない人の感覚と等価

  • 折角高いお金を出して買ったので捨てられない
  • オークションや中古で売るには時間が足りない
  • いろいろ好きで、アレやコレや手を出してしまう

そんな人の特徴は、物が捨てられない事が上げられます。実はこの感覚、事業では致命的になります。

  • まだ赤字だけど、折角時間をかけて事業化したんだから…
  • 建物や物品は買ってあるのだから…

そうやって、成果が出ていない事業が延々と続けられていくわけです。幸い、地方創生ネタの多くは公金なので、失敗を続けても誰も死にません。

無駄は切っても、また生まれてくる物

挑戦すれば殆どが失敗

失敗を減らすには、何もしない事が正解になります。しかし、それではそもそも地方創生の趣旨からすると最悪の事態です。
そもそも地方創生なんて物凄い難しい事に挑むわけで、そのほとんどは失敗するのが普通です。そもそも事業の失敗を責める事に何の意味もありません。

事業仕分け的な、目先の失敗を責める事こそ無駄

よくある、「アレは無駄」とか「コレは無駄」と言って切り捨てる行為、民主党政権時代の事業仕分けの様な行為はハッキリ言ってそれこそ人件費の無駄ですし、挑戦を増やすという文化としてもマイナスです。何故ならば、またタケノコの様に"善意"で"無邪気"な無駄が発生して来るためです。本質的な無駄の改善につながらないのです。

責めるべきは体質

各施策の無駄を指摘する事以上に、失敗だと見えているものを推進し続ける体質こそに問題があります。何故、そんなことが起きてしまっているのか、そこを解決し、正しい方向に導く事が大事になります。

大事なのは失敗を失敗と認められる基準を持てる文化を作ること

無駄を減らす4つのステップ

1.意識の徹底:無駄=失敗があることを前提に、いかに成功を増やし、失敗を引きずらないかという意識を徹底すること
2.基準の明確化:成功は何で失敗は何かという基準を企画段階で明確にし、基準が無い企画や予算はそもそも通さないこと
3.数値の可視化:その数値を厳密に可視化する=可視化にヒト・モノ・カネをかけること
4.徹底の実行:撤退基準に満たない、失敗した事業からは即手を引くこと
教科書的には、この4つのステップが大事になります。

この4ステップを実現するのは予想以上に大変

こんなことが簡単に出来れば世の中苦労はしていないというのが、まぁ実態です。
それでも、そこに食いついて成功に導く、ないしは行政を無視して成功するには、相当な何かが必要です。

俺が予算を使えば、無駄を改善出来、地域全体が良い方向に行くという奢り

ハッキリ言うと、行政の予算回りでは、このような奢りが至る所で散見します。私自身も、地域おこし協力隊としての活動を通じて、奢ってしまったなと反省することは多いです。今でもその奢りは気がつかない内に自分を蝕んでいるようにさえ思います。

企画の良し悪しは然程問題ではない

企画がどんなによくても、この4つの失敗と認めるステップを実現出来る文化がそもそも存在しない以上、一つのミスが全体を引っ張り、無駄になるリスクからは抜けられません。最初は成功しても、直ぐに次の失敗が無駄に繋がるというパターンも。何れにせよ、文化無しに成功し続けることは不可能です。故に、俺様の考える企画に予算を使えば物事が上手く回る、と言うのは無駄を無駄と認められる文化や仕組みが存在しなければ成立しないのです。

いつか行政に流される

小さな予算で、自分の身の回りで小さな事で成功しても、行政と一緒に大きな予算を使うとなると、急に話は変わります。何故ならば、基本的に行政や議会に失敗を失敗と認めるステップが存在していないためです。現場担当の一存では決められない複雑な事情が絡み合った別の力学で、予算が執行され、活用方法が制限され、仕事が振られるためです。その結果、失敗を失敗と認められない思惑に絡め取られ、本当に大事な事に貴方の貴重な時間と、予算を使う事ができなくなる=無駄が発生します。

行政の文化を変えるという途方もないミッション

それでも、もし貴方が行政と一緒に公益性の高い事を実現しようとすれば、行政や関連団体の意識を変え、文化を築いていくという途方もない十字架を背負う事になります。そんな十字架を背負って、意識改革・文化醸成という道のりを走破するのは一年やそこらで出来るものではありません。基本的に首長や関連団体のトップにでもならない限り、実現は不可能です。そこを目指して、地道に実績を詰み、信頼を得る事を目指しますか?その覚悟を持ちますか?

行政を無視したスモールスタート、スモールサクセスを繰り返すほうが楽

地域おこし協力隊の私が言うのもなんですが、実際は行政と少し距離をとるのがセオリーです。本当にやりたい事に特化し、自分の身の回りで無駄を無くす4つのSTEPを文化にしていく事で、身の回りの無駄を省き、小さな成功を繰り返す方が楽だと言われています。

私は?

未だにどう立ち回ったら良いのか、何を目指すのかモヤモヤする日々を過ごしています。ですが、スモールスタートにせよ、行政と一緒にやっていくにせよ、自分との奢りとの戦いなのだとは思います。